「双極性障害と空白の3年間。野鳥撮影が教えてくれた待つことの意味」

写真

こんにちは。もりりんです。

私は現在「双極性障害Ⅱ型」という診断で体調の波と戦っています。

このブログでは、双極性障害を抱える私が見つける景色や、ありのままの日常、工夫を発信しています。

今日は、双極性障害の私が野鳥撮影をしているときに感じた、ある「気づき」についてお話します。

1:待つことは苦しいと思っていた

私は双極性障害という病気のために、3年間という時間を思うように動けず過ごしてきました。

世間がどんどん前に進んでいく中で、自分だけが取り残されているような焦りがありました。

「何もできない時間」は、「ただの無駄」でしかない。

そう思って、自分を責め続けていたのです。

2:野鳥撮影が教えてくれたこと

でも、今日出会ったゴジュウカラは、私の都合なんてお構いなしでした。

シャッターチャンスはこちらから作るものではなく、向こうからやってくるのを待つしかありません。

無理に追いかけようとすれば、鳥たちは逃げてしまうだけです。

私にできるのは、ただじっと、そのときが来るのを信じて待つことだけでした。

そしてようやく訪れた、羽を広げる一瞬。

その美しさを写真に収めることができたとき、この待ち時間があったからこそ良い写真が撮れたということに気づくことができました。

(2026年3月20日 もりりん撮影)

焦らず、じっとそのときを待つ。

それも一つの、大切な「生きること」なのかもしれません。

3:今の自分と重ね合わせた「空白」の意味

私の3年間の空白も、同じなのかもしれません。

焦って、もがいて、絶望している空白の時間。

その時間は、今日みたいに散歩に行けたり、ブログを書けたりする時間のための待ち時間だったのかもしれないと思えました。

そう思えたとき、辛いだけと感じていた3年間の空白という時間に、少しだけ優しい意味が宿ったような気がしました。

4:おわりに

体調の波によって動けなくなってしまったとき、何もしていない時間が無駄だと感じてしまって苦しくなることがあります。

それでも、待つことは決して止まっているわけではないと思います。

いつか、ゴジュウカラが羽を広げるような輝く一瞬が私にも訪れることを信じています。

今動けなくて辛い方も、何もしていない時間を「待っている時間」と考えてみるといいかもしれません。

少しでも心が軽くなることを願っています。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

もりりん

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